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09 18(日)
東京奇譚集:村上春樹
[ 二次元的行間之隙間:Book]
村上春樹の最新短編集。
新宿御苑でゴロゴロ転がりながら3時間ほどで読みました。
「アフターダーク」の歯切れの悪さに悶々とし、その続編を期待していた向き(たとえばわたくし。)には残念ながら、「新潮」に掲載されたものを主とした独立短編集となっております。
偶然の旅人
ハナレイ・ベイ
どこであれそれが見つかりそうな場所で
日々移動する腎臓のかたちをした石
品川猿
の計5本。
「東京奇譚集」と銘打っておきながら、東京というのはやはり「異界」としての象徴以上の意味を持ちません。この辺はまあ、いつもながらの村上春樹流。
(以下、ネタバレを含みます。)
「偶然の旅人」
以前にも確か「村上春樹が人から聞いた話を書く」というスタイルの短編集があったと思いますが書名が思い出せません。この部屋のどこかにあるはずなのですが。
本編はそのスタイルの作品。ちょっとした違いとしては、「嘘っぽさ」を無くすために作者自身の体験談を入れているところ。それが嘘っぽさを薄めているかどうか…の判断は各自の判断にゆだねましょう。
つまりまあ、ユング的シンクロニティをテーマに扱った聞き書きです。ただまあ、普通でも「ふ〜ん、不思議だねぇ」ですませてしまうようなレベルの話ではありません。それがとつとつと、客観的に語られていくのが不思議な調律感。
この話が、この本の中では一番「奇譚」に思えました。
「ハナレイ・ベイ」
タイトルからしてハワイなんだからドコがどのように東京奇譚なのか、と。東京が出てくるのは最後の、ほんの数ページ。実はこのあたりで、脳内の「嘘レベル((c)島本和彦)」を調整し忘れていることに気がつくのですが。(これは後述。)
おそらくは作者自身が好きな場所を題材に取ったのでしょう。ハワイは、えーと、「ダンス・ダンス・ダンス」でもたっぷり出てきた土地柄ですしね。たしかあれは、ハナレクニ・ホテルでしたっけ。ハナレイ・ベイとどういう関係にあるのか、今、ハワイの観光案内を開く気にはならないので分かりませんが、つまりまあ、そういう場所をちょっと感傷的に書いてみたくなった、というところでしょうか。
主人公の女性は確かに魅力的なのですが、「村上春樹的に欠落したパーフェクト・パーソン」なので感情移入するには取っつき難し。感情移入する対象が見あたらないまま、ただ彼女に寄り添って髪を撫でるぐらいのことしか読者には許されていません。それがもどかしい。
「どこであれそれが見つかりそうな場所で」
この短編集、最初が「聞いた話」ではじまっているので、注意しないで読んでいると全編そうなのかと思ってしまいがちです。ま、でもこの話の最初のところでは、さすがに「嘘レベル」の調節忘れに気がつくでしょう。つまり、2本目以降はフィクションにぐぐっとダイヤルを調節してあげなくてはいけない。特にこの話は村上春樹氏お得意の「異界への入り口」の話です。
とはいえ、「少年カフカ」の続きのような、あるいは別バージョンのような意味合いでは全くありません。ようは、そのモチーフをまた使ってみたくなったのでしょう。現代の神隠し談。(なんかちょびっとクトゥルー神話風味でもありますが。)
この物語の下敷きになったような、そんな話が本当にあったのか?なかったのか?モデルとなった場所があるのか?ないのか?それはともかく、高層マンションの階段という「異界」を上手く料理してみせた、その腕前にはさすが、とうならされます。
ただまあ、ぽっと出した短編、という印象は否めません。どうにもつかみ所のない…。加納マルタの話のように、長編の一部として取り込まれていく話なのでしょうか?(でも、個人的には、村上春樹は「異界の入り口」というテーマではもう長編を書かないような気がするのですが。)
「日々移動する腎臓のかたちをした石」
これはもう、冒頭の「男が一生に出会う中で、本当に意味の持つ女は三人しかいない。それより多くも少なくもない。」という一言だけが印象的で。男だったらみんなここで指を折ったはず(笑)。
後はまあ、作者氏お得意のちょっと推理風味な不思議物語。でも結局は冒頭の一言に尽きているんですよね。多分、ひょっとしたことで思いついた一言だったんでしょうけど、そこから物語を展開させるのがすごい。短編だし、大きく広がる話ではなく、どちらかというと部屋の中でこぢんまりとまとまった小品ですが、個人的には好きです。
「品川猿」
おそらくはこの短編集で一番ファンタジーな作品。品川、という地名には例によって意味はなく、なんだか不思議な公僕イズムを強調する道具として使われているのがとても面白い。でも普通、こんなカウンセラーはいませんから、絶対。(多分同じくらい、こんな公務員いない…という感覚が奇譚な感覚。)
ひとつ、私自身の奇譚も紹介しましょう。夢の話なんですけど。細かな説明はヌキにしますが、自分はそこで「名前の漢字を三文字落として」きてしまうのです。(自分の本名は漢字で四文字なのですが。)まあ、それで名前が思い出せなくなってるとか、そう言うことはないのが残念(?)ですが、名前にはその存在の本質を縛る力があると言います。それを三文字も…なんともドジな話です。
さて、感想に戻りますが、名前が魂を縛り、言霊が現実を縛るならばそれが刻まれた名札にも現実の名前を縛る力があるに違いありません。そういう意図があったかどうかは分かりませんが、妙にオカルト(作者氏は肯定も否定もしないようですが)めいた物語装置は得意技ですよね。
自分はこの物語にとても強く惹かれるものがあったのですが…何か、落としてきた名前と関係するのでしょうか?
とまあつらつらと感想を書いてきましたが、実のところ、お勧めかどうかは自分としては微妙です。村上春樹を特に集中して読んでいない(特にファンとかではない)人には普通にお勧めできると思います。この浮遊感はぜひ共有して欲しい。
村上春樹ファンの人でも、短編に特有の端切れの悪さを我慢できる方でしたら全くお勧めです。ぜひ読んで頂きたい。ただ、中にはコレが苦手な方がいらっしゃいますので、その辺は、各自読んで判断頂きたい、のです(笑)
〜以下、トラバ発送先〜
「af_blog」さん
「下手なリアリズムよりもよほどリアル」というご意見には大いに同意。そして文中に引用されている、目の付け所がすばらしい。ああもう、自分はどうしてこんなふうにクールにいかないんですかね。
「ノルウェイの森と金の猿」さん
全ては風の歌を聴くところからはじまったのですよね。今日は半日、公園で寝そべりながら風の声を…聴けたかなぁ。
投稿者 ogre : 2005年9月18日 23:39
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TBありがとうございます。
村上作品では、そのほとんどが、読んですぐにビビットきたのに
「あれ?」と感じたのが「海辺のカフカ」。
でも、カフカも何回か読み返すうちに、心の底からわき上がってくるものを感じて大好きになりました。
前作の「アフターダーク」には、一読で魅了され、「すごいぞ、すごいぞ」の連発でブログにも記事を書いたのですが、他の方のブログを読んでみると、否定的な方も多くて、なんだかちょっと残念な感じを受けました。
この「東京奇譚」はどうなんでしょう。
僕的には大いに「あたり」なんですが、また否定的な人の意見を見かけると悲しくなってしまうのかな。
それでは、また。
TBありがとうございました。
OGREさんの鋭いコメント、興味深く拝見させて頂きました。
確かに、品川区役所にあのようなカウンセラーは
いないでしょうね。
あと、名前を盗まれるという行為……昔話か神話にあったような気がするんですが、今は思い出せません。
OGREさんのコメントを読んで、思い出した次第です。
村上さんは、短編・中篇・長編で内容や文体を書き分けるような記事を読んだことがあります。
フィクションである『回転木馬のデッドヒート』が、
『ノルウェイの森』のリアリズム文体につながったように……
『東京奇譚集』が、いつか何かの長編につながって行くかもしれない、と個人的に思ってます。
はじめまして古木33と申します。検索から辿り着きました。
本筋とはズレている私の感想で申し訳ないんですが、のちほどTBさせていただきますm(__)m