04 08(火)
酔いどれ桜
[ 五次元的思考之蒙昧:Diary]
「最近の櫻は、やけに白いとは思わぬか?」
彼女は頭上を仰ぎ見ながらそう言う。のけぞらせた白い喉が太陽を弾いた。
「昔はもっと、濃い色をしていたと思うのだが。」
「……昔って、どれくらい昔のことですか?」
「そうだな……ま、50年以上は昔かの。」
普段ならレディに歳の話をするものじゃない、と一喝されそうな問だったが、青空に目を細めたままの彼女は(幸いにも)気に留めた様子ではなかった。
「まあ、いろいろありますよ。」
僕は彼女の視線の先を追う。頭上を覆う白い花弁が風に揺れ、その間に見える青空を、サッと小鳥の影が横切る。ポトリと花が落ちた。
「温暖化の影響とか、大気汚染の影響とか、そういうもので、」
「いや、違うな。」
「え?」
「そんなことが原因ではないのだ。」
彼女の顔を見る僕。彼女もゆっくりと顔を戻し、僕を見た。
「そんなことが理由ではないのだ。お前は聞いたことがないか?櫻の木の下には屍体が埋まっている、と。」
「死体?」
「そうだ。うまく言ったものぞ。物語だが、しかし、事実に近い。櫻は地に流れた人の血を吸い、故に美しく咲く。櫻が白いということは、それだけ世が太平だということぞ。京の戦(いくさ)があった後の吉野など……それは美しく燃えたものであったぞ?」
「まさか……本当に?」
口元に、その名にふさわしい妖しい笑みを浮かべると、彼女はピクニック・シートの上にあったプラスチックのカップを差し上げて見せた。
「“本当に?”……ふん、ほんの戯言よ。」
喉をそらし、半分ほど入っていた赤い液体を飲み干す。
「だがしかしの、こんな気持ちの良い日よりに……それもお日様の高いうちに……櫻の木の下で葡萄酒を呑めるなどと、これが太平の世でなくて、なんであろう?」
見上げたまま、眩しそうに片眼を瞑る。
「ほれ、櫻も酔うておるわ、の?」
掲げたカップに光が混じり、彼女の頬を赤く染めた。
僕はといえば、桜を見るのも忘れ、その横顔に目を奪われているのだった。
投稿者 ogre : 2008年4月 8日 23:58
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