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2006
12 04(月)

サラマンダー殲滅:梶尾真治

[ 二次元的行間之隙間:Book]

サラマンダー殲滅(上)
光文社
発売日:2006-09-07
サラマンダー殲滅(下)
光文社
発売日:2006-09-07
Amazy

……うーん、面白いのかなぁ、この小説、というのが正直なところ。古いと言っても90年代の作品のハズだ。しかし伝わってくる雰囲気は40年代とか50年代の、それも米国スペースオペラの(どちらかといえば稚拙な)翻訳小説な雰囲気だ。

そもそもこれは本格的なSFではない。スペースオペラの雰囲気を多分に持っているが、ヒーローが活躍して最後にはスカッとするという向きの話ではない。じゃあなんなのかというと、非常に困る。そういう感じの作品だ。

(この続きには物語のネタバレを含みます)

主人公の鷹取静香(地球文化がほとんど失われている世界観なのに、何故か日本名のキャラクターが非常に多い)は、テロリスト集団・汎銀河聖戦線のテロによって夫と娘を同時に失って自らの内にこもってしまう。しかし強力な復讐心(と心理工学的な処理)によって復活し、テロリストに復讐を誓うーというのが大まかなストーリー。最終的に「復讐からはなにも生まれないんだ!」みたいなキレイ事に持っていかないのはよかったんだけど、じゃあ結局物語として何が言いたかったのかがよく分からない。何人も死んでヒロインを廃人にして「それでも戦いは無くならない。人間は愚かだ」みたいな事が言いたいのだろうか。

とにかくいろいろ気になって仕方がない。まずセリフがみんな「棒読み」だ。アクションにも台詞にも躍動感や緊迫感がない。「緊張した」とか「飛び上がった」と書いたところで盛り上がらないことは今さら言うまでもない。ストーリーを高いテンションに持っていく構成・演出が徹底的に不足しているように感じる。叙情的なストーリーにそれは致命傷ではない(むしろプラスかもだ)が、SFスペオペ的話ではどうにも……ね。キャラクターの特徴や性格付けが適当で、こなれていない。時には作者が設定を忘れているときもあるような気がする。たとえばバイプレイヤーとして登場する夏目は、はじめは静香に横恋慕したストーカーじみた筋肉変態として描かれるが、最後にはスマートな紳士然としたスタイルに変わる。そこにはいろいろな葛藤や変容に至る物語があるはずなのだが、そこがうまく書き切れていない。他方、敵役の1人ア・ウンは「特定の武器を持たず、手近のものを殺人道具にする」筈だったのだが、物語中では人をかみ殺したことしかない(プロの暗殺者のやり口じゃないよね……)。そんな設定の破綻というか、思いつきでやってる仕事というか、そういうのが多すぎる感じがする。

プロットそのものにしてもそうだ。静香の記憶は時間に応じて失われていくという悲愴な設定なのだが、たとえば愛する者の記憶から失われるとか、そういう基準がまったくなくて、場面に都合のいい、適当ななくし方しかしない。それに影響を受ける(と言われているが結局真実は不明だ)「空間熔解現象」についても同様で、プロット上、どうしてその現象が必要だったのか分からない。空間熔解現象とヨブ貞永のプロットは、そこだけで自己完結しているものであり、なくても本編にまったく影響を与えない類のモノだ。最終的にストーリーに寄与した点はほとんどない。「外伝的」ととらえることは出来るかもしれないが、むしろページ数を増やすための方策にしか見えない。ごはんに合わないおかずのようだ。

SF考証がまったくされていないのは前に述べたとおりだ。この場合のSF考証というのは、科学的な正しさとかSF的科学理論の事を言っているのではなく、世界観を描き出すのに必要な、未来世界の科学水準とか技術水準とか、そういうものを統一化しよう、まとめておこう、という意志のことだ。おそらく作者には、この世界の技術レベルとか星間世界の成り立ちとかは興味の範囲外だったに違いない。この物語で言うSFとは、次から次へと訳の分からない「○○銃」が登場したりとか、客観的に考えれば世界を危機に陥れかねないスーパー超能力者がその辺をフラフラしていたりとか、宇宙船の操縦をスーパーマニアが本で勉強しただけでスイスイとこなせるとか、摂氏1400度でも行動可能な戦闘兵器は入れ子構造にすべきだとか、その程度でしかない。スペオペのヒーローならそれでいいかもしれないが、しかしスペオペの爽快感はないのだ…。だから笑い飛ばすことすら出来ない。読者はどこでカタルシスを得ればいいのだろうか?
ストーリーは大変興味深いし、その着想には素晴らしいモノが多々あるには違いないが、プロットのだらしなさと語り口の稚拙さが物語をダメにしてしまうという端的な例として、この小説は記憶されるべきだと思う。

あとあと、細かいことを指摘するようで申し訳ないが、誤植とも言えないような書き間違いがちょこちょこ見受けられた。「チック」のことを「チェック」と書いていたりする。統一されているならまだ分かるが、場所によって違うので明らかに書き間違い。イチイチ洗い出したりはしていないけど……。

それにしても、この小説は91年の日本SF対象を受賞しているとのことだ。特に熱心なSFファンではないのでよく分からないが、この小説は面白いのだろうか?面白く思えない自分がマイノリティーなのだろうか?(もちろん、それが間違いであるとか言うのではない)

投稿者 ogre : 2006年12月 4日 00:04



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